通勤中の車内で悟りを得た日
『ここに居ても良い?』
彼女の問いかけの意味を、ずっと考えていた。
なぜ聞いた。2度も。
半年ほど経ったある日、その意味を理解した。
悟りのようなものが、一緒に降りてきた感じで。
あの日は、彼女がこの世で過ごした日数と、自分が過ごした日数が同じになった日。
私が12歳の時から、彼女は凍結した時間の中で、流れる時間を見つめていた。
そして、彼女が迎える事が出来なかった次の朝が来る。
その朝を一緒に過ごしても良いですか?
だから聞いたのか。わけわからんまま、あの世に送ってごめんよ。
涅槃に行ってきました
その日の夜、成仏した元幽霊の彼女が、私を涅槃に招待してくれる夢を見た。
優しい春の木漏れ日の元、俺たち2人小高い丘に並んで立っていた。
足元には見たことのない深緑色の蔦がびっしりと生えており、
目の前にはグランドキャニオンのような特大の渓谷に白い霧が流れていた。
迂闊に足を踏み入れると、奈落の底に落ち即死、なるほど理解。www.zel-life.com
享年36歳の彼女は10代の娘姿になっていて、
そよ風が吹いたとき、腰まで伸びた黒髪が揺れた。
元気そうだった。
笑顔の彼女は指をさして何かを説明してくれようとしていたが、全く聞き取れない。
当局の規制?
三途の川越しに見た現世に驚愕
三途の川越しに暗黒世界が見えた。
あれが地獄かね。悪いことした人、大変だね。
その瞬間、額に千里眼のようなもの、が装着される。
早速、ズーム機能で地獄の様子を見てみると、
暗黒世界の中に、弱弱しい、でも決して消える事はないであろう、
たくさんの光が見えた。
希望の光
地獄に希望なんてない、これは現世か。
一寸先は闇。本当だった。あの世からこの世を見ると、真っ暗だ。
散策しようと思ったが、体が動かない。
隣の彼女は、左手首に巻かれた白い輪を一瞥すると、
手を振りながらささやいた。
『ばいばい』
あっという間に、彼女の姿が小さくなる。
三途の川を越えずに、戻ってきた。
東北に大津波が押し寄せる1年前のことだった。