BASI-KRAMER’s blog

浜までは海女も蓑着る時雨かな

国際 ~ウクライナ侵攻の背景

『Russky』 と 『Rossiyanin』

 

詳細は専門家に任せるとして、『Russky』と『Rossiyanin』はどちらもロシア人を指すが、『Russky』は人種としてのロシア人の意味が強く、東スラブ人としてウクライナ人、ベラルーシ人、ロシア人を束ねる印象を持つ。一方、『Rossiyanin』はロシア国籍を持っている人、の意味となる。

 

クリミア半島は『Rossiyanin』にとって、『Russky』同士で争い、血で勝ち取った土地であり、日本における203高地とも言われる。もともとクリミア半島はロシア領であったが、色々あり、ウクライナ領となった経緯がある。ソビエト時代、『Russky』思想が重んじられ、歴史的いきさつは封印された。

 

ソビエト崩壊後、敗北続きだった『Russky』外交

 

ソビエト崩壊以降、衛星国家の独立が相次いだ。

我々日本人から見ると、抑圧された民族自決であり、解放の証に見えたが、彼らを統治する自負のあった『Russky』を守る『Rossiyanin』には苦々しい事態であった。

 

1990年代、ユーゴスラビアが崩壊した。

かつては教科書で習った『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの連邦国家』カリスマ指導者チトーがまとめた国家である。

 

崩壊の過程で『Russky』セルビアは、NATOの介入(主に米国)により、軍事的に屈服、解体されたユーゴは、スロベニアクロアチアボスニア・ヘルツェゴビナセルビアモンテネグロ北マケドニアとなり、うちスロベニアクロアチアモンテネグロ北マケドニアNATOに加盟している。北マケドニアの加盟は2020年、ロシアのウクライナ侵攻の直近であった。この間にバルト三国を含む旧ソビエト諸国の加盟も相次いだ。

 

なお、『Russky』セルビア国内の自治州であったコソボは2008年にセルビアからの独立を宣言しており日本も承認しているが、『Russky』セルビア、『Rossiyanin』ロシアは承認していない。

 

そうして最後の防波堤として位置付けていた『Russky』ウクライナNATO加盟に動き始めた過程で、親ロシアでない指導者は、『Russky』秩序を守る名目で暗殺が繰り返されたが、ついに『Rossiyanin』ロシアによる軍事侵攻という形での実力行使に至った。

 

上記の歴史的過程は日本人は知らないし、報道もされいないが、相当に根深いと思われる。人種の火薬庫は健在であった、という事だろうか。

 

何万人という人が死んで、その何倍もの人が障がい者となってしまったが、歴史的事実を知らない、味を占めた『Rossiyanin』により、明日は北海道がそうなるかもしれない。